クライアントが訴える痛みや凝り、あるいはスポーツやトレーニング中の怪我。「走り込みすぎたから」「重いものを持ったから」「あのヨガのポーズが合わなかったから」…私たちはつい、その**「活動」**自体に原因を求めてしまいがちです。しかし、本当に問題はそこだけにあるのでしょうか?
今回は、痛みや機能不全が生じるメカニズムをより深く掘り下げ、なぜ**「活動の基礎となる動作の質」**に目を向けることが根本的な改善と予防の鍵となるのか、専門家の視点で解説します。
1. 問題の根源:パターン化された動作と偏り
人の動きには、たとえ良好に見えても、先天的・発育発達の過程で生じる特定のパターンや傾向が存在します。それに加え、日常生活、仕事、趣味、スポーツなどで繰り返される習慣的な活動は、特定の動作パターンをさらに**「固定化」**させ、身体に偏りを生じさせます。
この固定化されたパターンが、オーバーユース(特定部位の使いすぎ)、代償動作(他の部位でのかばい)、姿勢の変化、筋骨格系のアンバランスといった、目に見えにくい機能不全の温床となるのです。これらをチェックせずに放置することが、将来的な炎症や痛みへと繋がる第一歩となります。
2. 活動 vs 基本動作:真の原因はどこにある?
ここで重要な視点の転換が必要です。クライアントが痛みを感じた時、その**「活動自体」**(例:ランニング、ウェイトリフティング、特定のヨガポーズ)が悪者だと考えがちですが、多くの場合、問題はより深い階層にあります。
**「問題の原因は(活動そのものではなく)可動性や安定性の欠如である」ことが多いのです。つまり、関節が必要な可動域を持っていない、あるいは体幹や関節が適切に安定していない、といった「基本的な動作」に問題を抱えたまま、その上の「機能的な活動」**を繰り返していることが問題なのです。
3. 最も多く、最も理解されていない機能不全
基本的な動作に問題を抱えたまま、日常生活やスポーツなどの活動を行う… これは**「不自然な基本動作に基づいた自然な活動」**であり、動作機能不全の中で最も多く見られるパターンでありながら、最も見過ごされがちです。
- 例1: 足関節の可動性制限(基本動作の問題)があるままランニング(活動)を続け、膝や股関節に痛みが出る。
- 例2: コアの安定性不足(基本動作の問題)があるまま重いものを持ち上げ(活動)、腰部に負担がかかる。
- 例3: 肩甲胸郭関節の可動性・安定性不足(基本動作の問題)があるままヨガのアームバランス(活動)を行い、肩や手首を痛める。
これらのケースで、「ランニングが悪い」「重いものを持つのが悪い」「あのアサナが悪い」と結論付けるのは、根本原因を見誤っています。非難されるべきは、**「基本的な動作に問題を抱えたまま活動を行っている」**という状態そのものです。
4. 見過ごされた機能不全がもたらすもの
このような基本的な動作の問題が評価・介入されずに放置されると、身体は限界を迎え、以下のような形で現れます。
- 疼痛や炎症といった症状の発現
- 明らかな故障・怪我
- パフォーマンスの低下
- 怪我をしやすい身体(傷害リスクの増大)
5. 専門家の役割:基本動作の質を評価し、改善する
私たち理学療法士、トレーナー、ヨガインストラクターの重要な役割は、クライアントが訴える症状や、問題が起きている活動の表面だけを見るのではなく、その背景にある「基本動作の質」を評価することです。
- 各関節の十分な可動性はあるか?
- 必要な場面で適切な安定性を発揮できているか?
- 基本的な運動パターン(スクワット、ランジ、プッシュ、プル、回旋など)は効率的に行えているか?
これらの評価に基づき、可動性や安定性を改善するためのエクササイズや徒手療法、そして質の高い動作パターンを再学習させるアプローチが必要です。
まとめ:「動作の多様性」を取り戻すために
固定化された、あるいは機能不全に基づいた動作パターンしか選択できない身体は、非常に脆弱です。改善の鍵が**「多様性」にあるというのは、様々な状況に対応できる質の高い基本的な動作の選択肢(多様性)**を身体に再獲得させること、と言い換えることができるでしょう。
活動を制限する前に、まずはクライアントの「基本動作の質」に目を向けてみてください。そこにアプローチすることが、痛みや怪我の根本的な解決、そして真のパフォーマンス向上への道を開くはずです。
なお、筋膜の制限は、この「基本動作の質」を低下させる大きな要因の一つです。硬さや滑走不全が関節の可動域を制限したり、代償動作を誘発したりします。IASTMを含む筋膜へのアプローチは、基本動作改善のための土台作りとして有効な場合があります。
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