筋膜リリースの効果発現時間に関するエビデンスに基づく検証

この記事では、筋膜リリースの施術時間や筋膜リリースの効果時間等をエビデンスベースドで調査したものをまとめます。
専門家向けの記事となっております。

1. はじめに

1.1. 筋膜リリース(MFR)の概要と臨床的意義

筋膜リリース(Myofascial Release: MFR)は、近年、筋骨格系の疼痛や機能障害に対する徒手療法および代替医療アプローチとして、臨床現場やセルフケアの領域で広く注目を集めています 。特に、慢性的な痛みの管理、スポーツパフォーマンスの向上、リハビリテーション過程における可動域改善や組織の回復促進などを目的として、理学療法士、アスレティックトレーナー、マッサージセラピスト、そして一般の運動愛好家などによって利用される機会が増加しています  

この手技は、身体全体に広がる結合組織ネットワークである「筋膜」の制限(硬化や癒着)を解放することに焦点を当てています。筋膜の機能不全が、痛みや可動域制限、姿勢不良など、様々な身体的不調の原因となりうると考えられており、MFRはこれらの問題に対する有効な介入手段の一つとして期待されています。しかし、その有効性、特に効果がどの程度の時間で現れ、どのくらい持続するのかについては、科学的根拠に基づいた明確な理解が不可欠です。

1.2. 本レポートの目的

本レポートは、筋膜リリースの効果が発現するまでの時間(効果発現時間)に関する現時点での科学的根拠(エビデンス)を体系的に整理し、包括的に提示することを目的とします。具体的には、利用可能な質の高い研究、特にシステマティックレビュー、メタアナリシス、およびランダム化比較試験(RCT)の結果に基づいて、以下の点を明らかにします。

  1. 単回のMFRセッションによって観察される即時的または短期的な効果(例:セッション直後から数日以内)。
  2. 持続的な効果や臨床的に意味のある改善が得られるまでに必要とされる介入期間やセッション回数(例:週単位、月単位)。
  3. 対象となる症状(例:腰痛、頸部痛、スポーツ後の回復)や部位による効果発現時間の違い。
  4. 効果発現時間に影響を与えうる要因(例:手技の種類、施術者の技術、個人の状態)。

本レポートを通じて、医療専門家や研究者、その他MFRに関心を持つ人々に対し、効果発現時間に関するエビデンスに基づいた知見を提供し、臨床判断や今後の研究の方向性を示す一助となることを目指します。

2. 筋膜リリース(Myofascial Release)の理解

2.1. 筋膜(Fascia)および筋膜制限(Myofascial Restrictions)の定義

筋膜(Fascia)とは、筋肉、骨、神経、血管、内臓など、身体のあらゆる構造物を覆い、支持し、相互に連結している結合組織の三次元的なネットワーク構造を指します 。しばしばクモの巣に例えられるように、この連続的な組織は全身に張り巡らされており、身体の形態維持、力の伝達、組織間の滑走、固有受容感覚など、多様な役割を担っています 。正常な状態では、筋膜は柔軟性と弾力性を持ち、身体の動きに合わせて滑らかに伸張・滑走することができます  

しかし、外傷(打撲、捻挫、手術など)、炎症、繰り返される負荷や過度の使用(オーバーユース)、長期間の不動(ギプス固定など)、不良姿勢、あるいは心理的なストレスといった様々な要因によって、筋膜はその正常な柔軟性や滑走性を失い、硬化、短縮、高密度化、あるいは隣接する組織との癒着(adhesion)を生じることがあります 。このような状態は「筋膜制限(Myofascial Restrictions)」や「筋膜機能不全」と呼ばれます。これらの制限は、局所的あるいは離れた部位に痛み(関連痛)を引き起こしたり、関節の可動域を制限したり、筋肉の正常な機能を妨げたり、血液やリンパの循環を阻害したりする可能性があると考えられています  

なお、「筋膜リリース」という用語は、しばしば筋肉を包む狭義の筋膜(muscle fascia)だけでなく、靭帯、腱、腱鞘、関節包、神経周囲組織など、より広範な結合組織(Fascia)を対象とする手技を含む場合があります 。実際に、「Fasciaリリース」という呼称が提案されるなど 、用語の定義には幅があります。さらに、専門家による徒手療法だけでなく、フォームローラーやボールを用いたセルフケア(Self-Myofascial Release: SMR)も一般的に「筋膜リリース」と呼ばれています 。このように、対象とする組織、施術者(専門家か自己か)、使用するツール(手技か器具か)において多様な意味合いを持つため、研究結果を解釈し、異なる研究間でエビデンスを比較・統合する際には、この用語の曖昧さを認識し、各研究で用いられている具体的な手技や対象を慎重に確認する必要があります。例えば、専門家による特定の徒手テクニックの効果と、一般の人が行うフォームローリングの効果を単純に同一視することはできません。  

2.2. 筋膜リリースの定義、目的、および目標

筋膜リリース(MFR)は、前述した筋膜制限、すなわち硬化した筋膜の緊張や癒着を解放し、組織の柔軟性、可動性、および機能を回復させることを主な目的とした徒手療法、またはセルフケアの手技と広く定義されます 。ストレッチングがある一定方向に筋肉を伸ばすことを主眼とするのに対し、MFRは筋膜の線維配列や制限の方向性を考慮し、様々な方向に組織を解きほぐしていくアプローチが特徴です  

MFRの具体的な目的や目標は多岐にわたりますが、主に以下のような効果が期待されています。

  • 疼痛の軽減: 特に、筋膜内に形成される過敏な硬結部位であるトリガーポイント(Trigger Points)に関連する局所痛や関連痛の緩和  
  • 関節可動域(Range of Motion: ROM)の改善・拡大: 筋膜の柔軟性向上による関節運動の制限解除  
  • 柔軟性の向上: 筋肉および結合組織の伸張性改善  
  • 血液・リンパ循環の促進: 組織への酸素・栄養供給の改善、老廃物の除去促進  
  • 姿勢の改善: 筋膜のバランスを整えることによるアライメントの是正  
  • スポーツパフォーマンスの向上: 効率的な動きの獲得、怪我の予防  
  • 筋肉のリラクゼーション: 筋緊張の緩和  
  • 機能改善: 全身の協調性や動作の効率化  

これらの目標を達成するため、MFRでは、まず触診によって筋膜の制限部位(硬さ、緊張、トリガーポイントなど)を特定し、その部位に対して穏やかな(low load)持続的な圧力(sustained pressure)や伸張を加えることが基本的なアプローチとなります  

2.3. 作用機序に関する仮説 (Proposed Mechanisms of Action)

筋膜リリースがどのようにして効果を発揮するのか、その詳細な作用機序については、まだ完全には解明されておらず、複数の仮説が提唱されています 。これらの仮説は、主に機械的・生体力学的な変化、神経生理学的な変化、そして体液力学的な変化の3つの側面から説明されます。  

  • 機械的/生体力学的変化:

    • 粘弾性の変化: 筋膜は粘弾性(viscoelasticity)という性質を持っています。これは、一定の力を加え続けると徐々に変形(伸長)し、力を除くとゆっくりと元の形に戻ろうとする性質です。MFRにおける持続的な圧迫や伸張は、この粘弾性を利用して、硬くなった筋膜組織を物理的に伸長させ、短縮や癒着を解放すると考えられています  
    • 圧電効果(Piezoelectric Phenomenon): 結合組織に機械的な圧力が加わると、微弱な電流が発生する現象です。MFRにおける穏やかな持続圧がこの効果を介して組織の修復やリモデリング(再構築)を促し、伸長を助ける可能性が示唆されています  
    • 滑走性の改善: 筋膜は層構造をなしており、各層が互いに滑らかに滑り合うことで効率的な動きが可能になります。癒着などによりこの滑走性が低下すると、動きが制限され、痛みが生じることがあります。MFRは、これらの層間の滑りを改善する効果があるとされます  
  • 神経生理学的変化:

    • 固有受容器への刺激: 筋膜内には、張力や圧力を感知するセンサー(機械受容器)であるゴルジ腱器官、ルフィニ終末、パチニ小体、自由神経終末などが豊富に存在します。MFRによる圧迫や伸張はこれらの受容器を刺激し、脊髄や脳に信号を送ります。その結果、例えばゴルジ腱器官からの信号(Ib線維)が介在ニューロンを介してα運動ニューロンを抑制し、筋緊張を反射的に低下させる(Ib抑制、自原反射)可能性があります 。また、自律神経系にも影響を与え、交感神経活動を抑制し、副交感神経活動を優位にすることで、リラクゼーション効果や痛みの閾値上昇をもたらす可能性も考えられます。  
    • H反射の抑制: H反射は、Ia感覚神経線維を電気刺激することで誘発される単シナプス反射であり、α運動ニューロンの興奮性を反映する指標とされます。いくつかの研究では、マッサージ様の刺激がH反射を抑制することが示されており 、MFRも同様のメカニズムで筋緊張を緩和する可能性が指摘されています。  
    • 痛みのゲートコントロール: MFRによる触圧覚などの非侵害刺激が、脊髄後角レベルで痛みの伝達(侵害刺激)を抑制するという、痛みのゲートコントロール理論への関与も考えられます。
  • 体液力学的変化:

    • 基質の水分移動: 筋膜の主成分の一つである基質(ground substance)は、水分を多く含み、ゲル状の粘性を持っています。MFRによる圧迫によって、この基質から一時的に水分が押し出され(スポンジを絞るようなイメージ)、圧迫が解除されると再び水分が吸収されると考えられています。この水分の移動プロセスを通じて、基質の粘性が変化し(より流動的になり)、組織の柔軟性が増す可能性があります  
    • 循環改善: MFRによる圧迫と解放は、局所の血流やリンパの流れを促進する効果があるとされています 。これにより、組織への酸素や栄養素の供給が向上し、炎症性物質や老廃物の除去が促進されることで、組織の修復や痛みの軽減に寄与する可能性があります。実際に、MFR後に血管拡張作用を持つ一酸化窒素(NO)の濃度が上昇し、動脈の硬さを示す指標(baPWV)が低下したという報告もあります  

これらの作用機序は、互いに関連し合いながら複合的に作用していると考えられます。重要な点は、これらのメカニズムが異なる時間スケールで働く可能性があるということです。例えば、神経系の反射的な変化は比較的即時的に(ミリ秒〜秒単位で)起こりうるため、ROM改善などの即時効果に関与する可能性があります。一方で、組織の粘弾性的な伸長や基質の水分移動、組織のリモデリングといった機械的・構造的な変化は、より長い時間(秒〜分単位の持続圧、あるいは複数回のセッションにわたる累積的な効果)を必要とする生物学的・物理化学的プロセスです。この作用機序の時間スケールの違いが、後述するMFRの効果が即時的に現れる場合と、時間をかけて徐々に現れる場合があることの一因となっている可能性があります。

2.4. 主な筋膜リリースの手技 (Common MFR Techniques)

筋膜リリースには、施術者の手を用いるものから、器具を使用するもの、患者自身が行うものまで、様々な種類の手技が存在します。主なものを以下に分類します。

  • 徒手療法 (Manual Therapy):

    • 直接法 (Direct MFR): 施術者が触診で特定した筋膜の制限部位(硬さや抵抗感がある部位)に対して、直接的に、制限の方向(バリア)に向かって穏やかな持続圧や伸張を加える方法です 。組織が自然に「リリース(解放)」される感覚が得られるまで圧力を維持します。  
    • 間接法 (Indirect MFR): 制限部位に対して直接圧力を加えるのではなく、組織が最も抵抗なく動く、あるいは最も「楽」な方向(position of ease)に誘導し、その位置を保持することで、身体自身の自己修正メカニズムによる筋膜の解放を促す、より穏やかなアプローチです  
    • 能動的解放テクニック (Active Release Techniques®, ART®): 施術者が制限のある組織に圧迫を加えた状態で、患者自身が特定の関節運動を能動的に行うことで、組織間の滑走を促し、癒着を剥がすことを目的とした手技です  
    • その他: 特定の肢位をとることで筋膜の緊張を解放するポジショナルリリース や、より深層の結合組織にアプローチする深部組織マッサージ(Deep Tissue Massage) なども、広義のMFRに関連する手技として挙げられます。  
  • 器具を用いた手技 (Instrument-Assisted):

    • IASTM (Instrument-Assisted Soft Tissue Mobilization): ステンレス製などの特殊な形状をした器具を用いて、皮膚上を擦るように操作し、軟部組織(筋膜、瘢痕組織など)の癒着や線維化にアプローチする手技です。Graston Technique®などが代表的です 。器具を用いることで、施術者の手指への負担を軽減しつつ、より深部や特定の組織へのアプローチが可能になるとされています  
    • カッピング(吸玉療法): カップ内の空気を抜いて陰圧を作り、皮膚と皮下組織を吸引することで、筋膜間のスペースを作り、血流改善や組織の伸張を促すと考えられています。
  • セルフ筋膜リリース (Self-Myofascial Release, SMR):

    • フォームローラー (Foam Roller, FR) / マッサージローラー (Roller Massager, RM): 円筒状のフォームローラーや棒状のマッサージローラーの上に身体の一部を乗せ、自身の体重を利用して圧迫しながら転がすことで、筋肉や筋膜をマッサージするセルフケア方法です  
    • ボール: テニスボール、ラクロスボール、専用のマッサージボールなどを床や壁との間に挟み、体重をかけて圧迫することで、より局所的な部位(トリガーポイントなど)にアプローチする方法です  

これらの手技は、それぞれ異なる種類の刺激を組織に与えます。例えば、直接法における持続圧は、組織の粘弾性変化を主なターゲットとするため、一定の時間の維持(例:90〜120秒 )が理論的に重要とされます。一方、ARTのように能動的な運動を組み合わせる手技は、神経筋制御系への影響がより即時的に現れる可能性があります。SMRは手軽に自己管理できる利点がありますが、徒手療法と比較して、加えられる圧力の正確なコントロールや深部組織への到達度には限界がある可能性も指摘されており 、効果発現の様式や程度が異なる可能性があります。このように、用いられる手技の種類や、その手技内でのパラメータ(圧力の強さ、持続時間など)が、MFRの効果が現れるまでの時間やその持続性に影響を与える重要な要因であると考えられます。  

3. 筋膜リリースの効果発現時間に関するエビデンス

筋膜リリースの効果がいつ、どの程度現れるのかを理解するためには、科学的根拠、特に質の高い臨床研究(RCT、システマティックレビュー、メタアナリシス)の結果を吟味する必要があります。ここでは、効果が現れる時間軸(即時/短期 vs. 中長期)と、対象となる症状や部位による違いについて、現在利用可能なエビデンスを整理します。

3.1. 即時効果および短期効果 (Immediate and Short-Term Effects) (単回セッション内〜72時間後程度)

単回または数回のMFRセッション後に比較的短時間で観察される効果についてのエビデンスは、特にセルフMFR(SMR)を中心に蓄積されつつあります。

  • 関節可動域 (ROM) / 柔軟性:

    • 多くの研究、特にフォームローラーやマッサージローラーを用いたSMRに関する研究において、単回の介入直後にROMや柔軟性が即時的に改善することが一貫して報告されています 。例えば、ハムストリングスや大腿四頭筋、足関節などに対するSMR後に、それぞれの関節の可動域が増加することが示されています。  
    • 健常者を対象としたある研究では、ハムストリングスに対する徒手MFR(片側180秒)を行ったところ、下肢伸展挙上(SLR)角度が介入直後から有意に増加し、その効果は自動SLR(ASLR)では介入2日後まで、他動SLR(PSLR)では介入1日後まで持続しました。また、立位体前屈(FFD)の改善も1日後まで認められました  
    • 別の研究でも、徒手MFR単独の効果は少なくとも1日以上持続する可能性が示唆されています  
    • ただし、ROM改善効果の大きさや持続性については、研究間で結果にばらつきがあり、一貫性が低い、あるいは変動が大きいという指摘もあります 。効果の程度は、対象者、部位、測定方法、介入プロトコルによって異なる可能性があります。  
  • 遅発性筋肉痛 (Delayed-Onset Muscle Soreness, DOMS) / 筋肉の圧痛:

    • 慣れない運動や高強度の運動後に生じるDOMS(通常、運動後24〜72時間で痛みがピークに達する )を軽減する効果が、特にSMRにおいて示唆されています 。運動直後やクールダウン時にSMRを行うことで、その後の筋肉痛の程度を和らげ、主観的な回復感を高める可能性があります  
    • あるシステマティックレビューでは、筋肉痛や圧痛の軽減は、MFR(特にSMR)の最もエビデンスに基づいた短期的な利点の一つであると結論付けており、レビューに含まれた8研究中7研究で痛みの短期的な軽減が認められました  
    • 一方で、慢性的な痛みに対する効果とは区別が必要です。例えば、慢性頸部痛患者を対象としたメタアナリシスでは、MFRによって僧帽筋や後頭下筋群の圧痛閾値(Pressure Pain Threshold: PPT、痛みが誘発される最小の圧力)は改善したものの、患者が主観的に感じる痛みの強さ(VASなど)には有意な改善が見られませんでした 。これは、圧痛と自覚痛のメカニズムが異なる可能性、あるいは慢性痛における中枢性の要因などが関与している可能性を示唆します。  
  • 運動パフォーマンス:

    • ウォーミングアップの一環としてSMRを行うことのパフォーマンスへの影響については、様々な研究が行われています。多くの研究では、SMRがROMを改善する一方で、その直後の筋力(最大筋力、筋持久力)やパワー発揮(ジャンプ高、スプリント速度など)に対しては、悪影響を与えない(低下させない)、あるいはわずかに向上させる可能性があることが示唆されています 。これは、静的ストレッチングが時に直後のパフォーマンスを低下させる可能性があるのとは対照的です。  
    • あるレビューでは、SMRは最大筋力やパワーには影響しないものの、アジリティ(敏捷性)やごく短時間の高強度運動(例:短距離走のスタート)にはポジティブな効果をもたらす可能性があると指摘しています  
    • 別のレビューでは、器具を用いたIASTMは筋の反応性や爆発的な筋力産生を改善する可能性があり、フォームローラーを用いたFRSMRはカウンタームーブメントジャンプ(垂直跳びの一種)の初期局面における筋力発揮を高める可能性があると報告しています 。ただし、パフォーマンスに対する効果は、測定する指標やタイミング、対象者のレベルなどによって異なる可能性があり、一貫した見解は得られていません  
  • 生理学的指標:

    • 短期的な効果として、生理学的な変化も報告されています。ある研究では、MFR実施後に血中の一酸化窒素(NO)濃度が有意に増加し、同時に動脈の硬さを示す指標である脈波伝播速度(baPWV)が有意に低下したことが示されました(対照群では変化なし)。NOは血管拡張作用を持ち、血流改善に関与するため、この結果はMFRが循環系に好影響を与える可能性を示唆しています。  
  • 推奨される介入時間(急性効果):

    • これらの即時的・短期的な効果(特にROM改善や疼痛軽減)を得るための推奨時間として、いくつかのレビューでは、SMR(フォームローリング等)を1つの筋群あたり最低90秒間行うことが有効である可能性が示唆されています 。90秒未満の介入では効果が不十分である可能性があり、一方で、90秒を超えてさらに時間を延ばすことによる追加的な効果(上限)については、明確なエビデンスは見出されていません  
    • 理論的な観点からは、徒手による直接的なMFRにおいて、組織の粘弾性的な変化(最初のリリース感)を引き起こすためには、90秒から120秒程度の持続的な圧迫が必要であるとも述べられています  

これらの知見を総合すると、MFR、特にSMRは、関節可動域の改善や運動後の筋肉痛軽減といった急性効果を比較的速やかに(セッション直後から数日以内に)もたらす可能性があると言えます。しかし、慢性的な疼痛状態に対する効果とは区別して考える必要があります。急性効果に関するエビデンスは比較的多いものの、慢性疼痛に対するMFRの効果はより複雑であり、効果発現までにより長い時間を要する、あるいは効果自体が限定的である可能性が、後述するように示唆されています。この違いは、急性効果が主に神経系の即時的な変調や組織の粘弾性の一時的な変化、体液移動など、比較的短時間で起こりうるメカニズムによって説明されやすいのに対し、慢性疼痛には中枢神経系の感作や持続的な組織変化、心理社会的要因など、より複雑で根深い要因が関与しているためと考えられます。

3.2. 中長期効果 (Medium to Long-Term Effects) (複数セッション、数週間〜数ヶ月)

慢性的な筋骨格系の問題に対して、MFRが持続的な効果をもたらすためには、複数回のセッションを数週間から数ヶ月にわたって行う必要があると考えられます。しかし、この中長期的な効果に関するエビデンスは、急性効果に関するものよりも複雑で、一貫性に欠ける側面があります。

  • 慢性腰痛 (Chronic Low Back Pain, CLBP):

    • CLBPはMFRが適用される最も一般的な症状の一つであり、複数のシステマティックレビューやメタアナリシスが存在しますが、その結果は必ずしも一致していません。
    • Wuら(2021)のメタアナリシス(8RCTs、n=375)では、MFRはCLBP患者の痛み(標準化平均差 SMD = -0.37)および身体機能(SMD = -0.43)を有意に改善したと報告しています。しかし、生活の質(QOL)、バランス機能、圧痛閾値、体幹可動域、精神的健康(恐怖回避思考など)については、有意な改善は見られませんでした。また、このレビューに含まれた研究の多くは方法論的な質が低いと評価されており、結果の解釈には慎重さが必要です  
    • Yuanら(2021)のメタアナリシス(8RCTs、n=386)でも、MFRは腰部の機能障害(back disability、SMD = -0.35)を有意に改善しましたが、痛み強度、QOL、腰椎ROMには有意な改善を示しませんでした。このレビューでは、MFRは理学療法単独や運動療法単独の効果を高める可能性のある「補助療法」として有効かもしれないと結論付けています  
    • Laimiら(2018)のシステマティックレビューは、慢性筋骨格系疼痛全般を対象としていますが、含まれたCLBPに関する3つのRCT(n=152)では、痛みや機能障害に関する効果量が、臨床的に意味のある最小変化量(Minimal Clinically Important Difference: MCID)に達していなかったと報告しています。バイアスリスクが高いと評価された他の研究ではMCIDに達したものもありましたが、追跡期間は最大でも2ヶ月と短期間でした。レビューに含まれた研究の介入プロトコルは非常に多様で、期間は2〜20週間、頻度は週1〜数回、1セッションあたりの時間は30〜90分と幅広く、最適な方法は不明でした。結論として、このレビューは、慢性筋骨格系疼痛に対してMFRを推奨するには、現時点でのエビデンスは不十分であるとしています  
    • Curyら(2024)のレビューでも、CLBPに対するMFRの治療プロトコル(頻度、時間)は研究間で大きく異なり(例:週2回×2週間 vs 週3回×40分 vs 単回40分 vs 単回5分)、全体として何らかの効果は示唆されるものの、最適な介入方法は確立されていないことが指摘されています  
    • 臨床的な観点からは、単純な筋筋膜性疼痛症候群(MPS)であれば、適切な局所治療(例:ハイドロリリース、トリガーポイント注射、徒手療法など)により、1回の治療効果が数日から1週間程度持続し、数回から5回程度の治療で改善することが多いものの、効果が短時間しか持続しない、あるいは何度治療しても症状が戻ってしまうような場合は、背景に他の基礎疾患(例:椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症、内科的疾患など)が合併している可能性を考慮すべきである、という指摘もあります  
  • 慢性頸部痛 (Chronic Neck Pain):

    • Gaoら(2023)のメタアナリシス(13RCTs、n=601)によると、MFRは慢性頸部痛患者の僧帽筋(SMD 0.41)および後頭下筋群(SMD 0.47)の圧痛閾値(PPT)を有意に改善しました。しかし、患者の主観的な痛み強度、頸部の可動域(屈曲、伸展、回旋、側屈)、および頸部機能障害(Neck Disability Index: NDI)については、対照群と比較して有意な改善は見られませんでした。このレビューも、含まれた研究のエビデンスレベルは低いから中程度であると評価しています  
  • 線維筋痛症 (Fibromyalgia):

    • 線維筋痛症は、全身の広範な痛みや疲労感を特徴とする複雑な慢性疼痛疾患です。Laimiら(2018)のレビューに含まれた線維筋痛症に対する2つのRCT(n=145)では、MFRによる痛みや機能障害の改善効果は、臨床的に意味のある最小変化量(MCID)には達していなかったと報告されています 。線維筋痛症に対するMFRの有効性を示す質の高いエビデンスは、現時点では限定的です。  
  • その他の慢性症状:

    • Laimiら(2018)のレビューには、テニス肘などの外側上顆炎(2RCTs, n=95)やかかと痛(足底腱膜炎など、1RCT, n=65)に関する研究も含まれていましたが、これらの研究の多くはバイアスリスクが高いと評価されており、MFRの有効性について明確な結論を出すことは困難です  
  • 持続性に関する考察:

    • MFRの効果がどの程度持続するのかは重要な論点です。前述のように、急性効果は1〜2日程度持続する可能性が示唆されています 。中長期的な効果の持続性については、追跡期間の短い研究が多く、明確なエビデンスは乏しいのが現状です  
    • しかし、興味深い知見として、MFRの効果を持続させる上で、他の介入との組み合わせが重要である可能性が示唆されています。ある研究では、健常者に対してハムストリングスへのMFRを行った群ではROM改善効果が1〜2日持続したのに対し、MFR後にハムストリングスの筋力トレーニング(筋再教育運動)を行った群では、ROM改善効果が少なくとも6日後まで持続し、かつ改善の度合いも最も大きかったと報告されています 。これは、MFRによって筋膜の制限が解放され、組織の滑走性や伸張性が改善された状態(受動的な変化)で、さらに適切な筋収縮パターンを再学習させる(能動的な制御の改善)ことが、効果を定着させ、持続させる上で有効である可能性を示唆しています。このことは、MFRを単独で行う場合と、運動療法など他のアプローチと組み合わせて行う場合とで、効果発現の時間経過や最終的な効果の大きさが異なる可能性があることを意味します。また、症状の原因が単純な筋膜性の問題なのか、あるいは他の構造的・機能的な問題(例:関節不安定性、神経学的問題、内科的疾患など)に起因する二次的な筋膜の問題なのかによっても、MFRへの反応(効果発現の速さや持続性)は大きく異なると考えられます 。したがって、「MFRの効果発現時間」を議論する際には、それがどのような治療的文脈(単独か併用か)で、どのような対象(根本原因は何か)に対して用いられているのかを考慮することが極めて重要です。  

3.3. 症状・部位による効果発現時間の違い (Variability Based on Condition and Target Area)

MFRの効果発現時間は、対象となる症状の性質(急性か慢性か)、種類、そして介入部位によって異なると考えられます。

  • 急性 vs. 慢性:

    • これまでの議論で示されたように、急性的な症状、例えば運動後のDOMSや一時的なROM制限に対しては、MFR(特にSMR)の効果は比較的速やかに(数分〜数時間後)現れ、数日間持続する可能性があります  
    • 一方、慢性的な疼痛状態(例:CLBP、慢性頸部痛)に対しては、有意な改善が見られるまでには複数回のセッションや数週間の期間が必要となる場合が多く、効果が現れたとしても、その大きさや持続性は不安定であったり、限定的であったりする可能性が高いです  
  • 症状の種類:

    • 慢性腰痛 (CLBP): 痛みや機能の改善には数週間単位の介入が必要とされることが多いですが、効果は限定的または不確実であり、QOLやROMへの影響はさらに小さい可能性があります 。効果発現までの期間や程度には個人差が大きいと考えられます。  
    • 慢性頸部痛: 圧痛閾値の改善は比較的早期に見られるかもしれませんが、患者が感じる痛みや可動域の改善には、より長期間の介入が必要か、あるいは効果自体が得られにくい可能性があります  
    • 線維筋痛症: 広範な痛みと複雑な病態を持つため、MFR単独での効果は限定的であり、臨床的に意味のある改善が示されるエビデンスは乏しい状況です 。効果発現を期待するのは難しいかもしれません。  
    • スポーツ後の回復 (DOMS): 運動後できるだけ早いタイミング(数時間〜1日以内)でSMRを行うことで、通常24〜72時間後にピークを迎える筋肉痛を軽減できる可能性があります 。効果は比較的速やかに現れると考えられます。  
  • 部位:

    • ハムストリングス: 健常者においては、MFRにより即時的なROM改善が見られ、効果は1〜2日持続する可能性が示されています 。比較的反応しやすい部位と言えるかもしれません。  
    • 腰背部/体幹: 腰背部の自己筋膜リリースが体幹機能(柔軟性、筋力、筋膜の滑走性)に影響を与える可能性が研究されていますが 、具体的な効果発現時間については詳細な情報が必要です。腰痛に対する多裂筋へのハイドロリリース(生理食塩水などを注入して筋膜間を剥離する手技)では、疼痛スコア(VAS)の改善が確認された一方で、筋肉の脂肪変性の程度は治療効果に影響しなかったという報告もあります  
    • 大きな筋群 vs. 小さな筋群: SMRを行う際、大腿四頭筋やハムストリングスのような大きな筋群にはフォームローラーのような大きなツール、肩甲骨周りや足底のような小さな部位や凹凸のある部位にはボールのような小さなツールが適しているという提案があります 。しかし、ツールや部位による効果発現時間の違いを直接比較した研究は少なく、明確なエビデンスはありません。一般的には、より表層で大きな筋膜面へのアプローチは比較的反応を得やすい可能性がありますが、深層の制限や複雑な部位へのアプローチは、より時間や技術を要する可能性があります。  

4. 効果発現時間に影響を与える可能性のある要因

筋膜リリースの効果がどのくらいの時間で現れるかは、様々な要因によって影響を受けます。主な要因を以下に挙げます。

4.1. MFRの手技とパラメータ (MFR Technique and Parameters)

  • 手技の種類: 用いられるMFRの手技(直接法、間接法、ART、IASTM、SMRなど)によって、組織への刺激の質(圧迫、伸張、剪断など)や量、作用機序(機械的、神経生理学的、体液力学的変化のいずれが主か)が異なります。これが効果発現の速さや持続性に影響を与える可能性があります。例えば、IASTMやFRSMRはスポーツパフォーマンスに関連する指標(筋力、ジャンプ力など)に比較的速やかに影響を与える可能性が示唆されています  
  • 圧力: MFRでは「穏やかな持続圧」 が推奨されることが多いですが、具体的にどの程度の圧力が最適なのかについては、明確な基準やエビデンスは乏しいのが現状です。圧力が弱すぎれば効果が得られず、逆に強すぎると痛みや不快感が増したり、場合によっては組織損傷(例:内出血、神経損傷)のリスクを高めたりする可能性があります  
  • 持続時間: 1回のセッション内で、特定の部位や手技にかける時間も重要です。急性効果(ROM改善、疼痛軽減)に対しては、SMRで「1筋群あたり90秒以上」が一つの目安として示唆されています 。また、直接法による徒手MFRでは、組織の粘弾性変化を引き起こすために理論的に90〜120秒程度の持続圧が必要とも考えられています 。しかし、慢性的な症状に対する最適な持続時間や、セッション全体の適切な時間については不明です。  
  • 頻度: MFRをどのくらいの頻度(例:毎日、週に数回)で行うべきかについても、明確なコンセンサスはありません。CLBPの研究では、週2回や週3回など、様々な頻度のプロトコルが用いられています 。最適な頻度は、対象者の状態や目的によって異なると考えられます。  
  • 総期間: 治療をどのくらいの期間(例:数週間、数ヶ月)継続する必要があるかも重要な要素です。慢性症状に対しては、数週間から数ヶ月にわたる介入が行われることが多いですが 、効果を持続させるために必要な最適な総期間は確立されていません。  

これらのパラメータ(圧力、持続時間、頻度、総期間)の最適な組み合わせ、すなわち「用量反応関係(dose-response relationship)」は、特に慢性的な症状に対しては、現時点では不明確なままです。多くのシステマティックレビューでも、介入プロトコルの異質性が結果の解釈を困難にしており、最適な「用量」に関するエビデンスが不足している点が繰り返し指摘されています 。例えば、「90秒ルール」 は急性効果に関する経験則的な推奨に近いものですが、その生理学的根拠や慢性症状への適用可能性は十分に検証されていません。慢性疼痛のような複雑な病態に対しては、画一的なプロトコルではなく、個々の状態に合わせた個別化されたアプローチが必要となる可能性が高いですが、そのための具体的な指針となるエビデンスはまだ不足しています。  

4.2. 施術者関連要因 (Practitioner-Related Factors) (徒手療法の場合)

徒手によるMFRの場合、施術者の要因も効果発現に影響を与えます。

  • 技術と経験: 筋膜の制限を正確に触診し、適切な手技(圧力、方向、持続時間)を選択・適用する能力は、施術者の経験や訓練レベルに依存します 。不適切な手技は効果が得られないだけでなく、有害事象のリスクも伴います。一部では、本来の理論に基づいたMFRを習得している施術者が少ない可能性も指摘されています  
  • 患者との関係性: 良好なコミュニケーションや信頼関係は、患者のリラックスを促し、治療効果を高める可能性があります(プラセボ効果も含む)。

4.3. 患者個別要因 (Individual Patient Factors)

効果発現時間は、治療を受ける患者側の要因によっても大きく左右されます。

  • 症状の特性: 症状の重症度、罹病期間(急性か慢性か)、痛みの性質(侵害受容性、神経障害性、中枢感作性など)によって、MFRへの反応は異なります。
  • 組織の状態: 筋膜の線維化や癒着の程度、炎症の有無、組織の水分量(脱水状態など)などが影響します。ただし、ある研究では、腰部多裂筋の脂肪変性の程度は、ハイドロリリースによる疼痛改善効果には影響しなかったと報告されています  
  • 併存疾患: 他の整形外科的疾患(例:椎間板ヘルニア、変形性関節症)や内科的疾患(例:糖尿病、リウマチ性疾患)、精神心理的問題などが存在する場合、MFRの効果が限定的になったり、効果発現が遅れたりする可能性があります  
  • 全身状態: 年齢、性別、身体活動レベル、栄養状態、睡眠の質なども、組織の反応性や回復力に影響を与えます。
  • アドヒアランスとセルフケア: 処方された治療計画(セッションへの参加、自宅でのセルフケアやエクササイズ)をどの程度遵守できるかも、中長期的な効果に影響します。
  • 心理社会的要因: 痛みに対する恐怖回避思考(動くことへの恐怖)、破局的思考、抑うつ、不安などが強い場合、治療効果が得られにくいことが知られています  
  • 感覚と期待: 個人の痛みの閾値や、治療に対する期待感なども、主観的な効果の感じ方に影響を与える可能性があります。

4.4. 治療の継続性および組み合わせ (Treatment Continuity and Combination)

  • 継続性: 特に慢性的な症状に対しては、効果が定着するまで治療を継続することが重要です。途中で中断すると、得られた効果が減弱したり、消失したりする可能性があります。
  • 他の治療法との組み合わせ: 前述の通り(Insight 7参照)、MFRを運動療法(筋力強化、ストレッチング、協調性訓練など)や他の理学療法、あるいは生活習慣指導などと組み合わせることで、単独で行うよりも効果が高まったり、効果の持続性が向上したりする可能性があります 。MFRは組織の受動的な状態を改善するのに役立つかもしれませんが、能動的な機能改善や根本原因への対処には、他のアプローチが必要となる場合が多いと考えられます。  

5. 統合とエビデンスに基づく要約

5.1. 効果発現時間の概観

筋膜リリースの効果が発現するまでの時間に関する現時点でのエビデンスを統合すると、以下のようにまとめることができます。

  • 即時〜短期効果 (数分〜数日):

    • 比較的確実な効果: 関節可動域(ROM)の改善、柔軟性の向上、および運動後の遅発性筋肉痛(DOMS)の軽減については、単回または短期間のMFR(特にフォームローラーなどを用いたSMR)によって、セッション直後から効果が現れ、それが1〜2日程度持続する可能性を示す比較的良好なエビデンスが存在します  
    • 推奨される介入時間: これらの急性効果を得るためには、SMRの場合、1つの筋群あたり90秒以上の介入が一つの目安とされています  
    • パフォーマンスへの影響: 直後の筋力やパワーを低下させずにROMを改善できる可能性があるため、ウォーミングアップなどに取り入れやすいと考えられます  
  • 中期〜長期効果 (数週間〜数ヶ月):

    • 不確実な効果: 慢性的な筋骨格系の痛み(特に慢性腰痛や慢性頸部痛)に対するMFRの効果については、複数回のセッションを数週間から数ヶ月にわたって行うことで、痛みや機能障害にある程度の改善が見られる可能性が示唆されています。しかし、そのエビデンスの質は全体的に低いか中程度であり、研究間で結果の一貫性がありません  
    • 限定的な効果: QOLや精神心理面、あるいは客観的な可動域への効果は、さらに不明確であったり、有意な改善が見られなかったりする場合が多いです 。また、観察された効果量が、患者にとって意味のある最小限の変化(MCID)に達していない可能性も指摘されています  
    • 持続性の不明瞭さ: 中長期的な効果がどの程度持続するのかについては、追跡期間の短い研究が多く、明確なエビデンスは乏しいです。効果を持続させるためには、MFR単独ではなく、運動療法など他の治療法との組み合わせが重要である可能性が示唆されています  

5.2. エビデンスの限界と今後の課題

筋膜リリースの効果発現時間に関する現在のエビデンスには、いくつかの重要な限界点が存在します。

  • 研究の質の低さ: これまでに行われた研究、特に慢性症状を対象とした研究の多くは、ランダム化比較試験(RCT)であっても、方法論的な質に問題がある場合があります。例えば、適切な対照群の設定、ランダム化や盲検化(特に評価者)の不備、サンプルサイズの小ささ、高いバイアスリスクなどが指摘されています 。質の低い研究結果は、信頼性に欠け、結論を歪める可能性があります。  
  • 異質性 (Heterogeneity): 研究間で、対象となる患者群(疾患、重症度、罹病期間など)、用いられるMFRの手技(徒手か器具かセルフか、直接法か間接法かなど)、介入プロトコル(1回の時間、頻度、総期間)、そして評価されるアウトカム指標が大きく異なっています 。この著しい異質性のために、異なる研究の結果を単純に比較したり、メタアナリシスで統合したりすることが困難になっています。  
  • 作用機序の不明確さ: MFRの効果が観察されたとしても、その背景にある生理学的なメカニズムと、効果が現れるまでの時間経過との関連性が十分に解明されていません 。どのようなメカニズムがどの時間スケールで働き、観察される効果につながっているのかを理解することは、より効果的な介入戦略を開発する上で不可欠ですが、この点に関する研究はまだ不足しています。多くの研究が「効果があった/なかった」という結果報告に留まり、「なぜその時間で効果が出たのか/出なかったのか」という機序と時間経過を結びつける考察が十分ではありません。  
  • 最適な「用量」の不明確さ: 効果を最大化し、持続させるために必要なMFRの最適な「用量」、すなわち圧力の強さ、持続時間、頻度、総期間の組み合わせが、特に慢性症状に対しては不明確なままです 。用量反応関係を明らかにするための系統的な研究が必要です。  
  • 長期的な追跡調査の不足: ほとんどの研究は、介入終了直後または比較的短期間(数週間〜数ヶ月)の追跡調査しか行っていません 。そのため、MFRの効果が長期的に(例:半年後、1年後)どの程度持続するのか、あるいは再発予防に寄与するのかについては、エビデンスが非常に乏しい状況です。  
  • セルフMFR vs. 徒手MFR: セルフMFR(SMR)と専門家による徒手MFRは、手技の特性や適用可能な状況が異なりますが、両者の効果や作用機序の違いを直接比較した質の高い研究は不足しています。

これらの限界点を克服するためには、今後の研究において、以下のような点が求められます。

  1. 方法論的に質の高い、大規模なRCTの実施(適切な対照群、ランダム化、盲検化、十分なサンプルサイズ)。
  2. 介入プロトコル(手技、パラメータ)と評価指標の標準化、あるいは明確な記述。
  3. 作用機序(神経生理学的、生体力学的、体液力学的変化)と効果発現の時間経過との関連性を探る研究。
  4. 最適な介入パラメータ(用量反応関係)を特定するための研究。
  5. 長期的な追跡調査(6ヶ月以上)を含む研究デザイン。
  6. 異なるMFR手技(例:徒手 vs. SMR)の効果を比較する研究。

5.3. 主要なシステマティックレビュー/メタアナリシスの要約表

筋膜リリースの効果発現時間や介入期間に関する知見を提供している主要なシステマティックレビューおよびメタアナリシスの概要を以下の表にまとめます。

Table 1: 筋膜リリースの効果発現時間と介入期間に関する主要なシステマティックレビュー/メタアナリシスの概要

著者/年 (引用) 対象疾患 対象者数(研究数) 介入の種類 (MFR手技) 介入プロトコル詳細 (期間/頻度/時間) 主な結果 (効果発現時間、持続性、効果量/有意差) エビデンスの質/限界点
Laimi et al. 2018 慢性筋骨格系疼痛 (CLBP, 線維筋痛症, etc.) 457 (8 RCTs) 徒手MFR 2-20週間, 週1-数回, 30-90分/回 CLBP/線維筋痛症では痛み/機能障害の改善効果量がMCIDに達せず。他研究(バイアス高)では最大2ヶ月の追跡でMCID到達例あり。効果発現時間/持続性の詳細は不明。 5/8研究が高バイアスリスク。エビデンス不十分。プロトコルの異質性大。長期追跡不足。
Wu et al. 2021 慢性腰痛 (CLBP) 375 (8 RCTs) 徒手MFR (多様) 不明瞭 (研究間で多様) 痛み (SMD -0.37), 身体機能 (SMD -0.43) は有意改善。QOL, バランス, PPT, 体幹ROM, 精神面は有意差なし。効果発現のタイミングや持続性に関する詳細分析なし。 含まれた研究の質が低い。サンプルサイズ小。異質性あり (I²=44-82%)。
Yuan et al. 2021 腰痛 (LBP) 386 (8 RCTs) 徒手MFR (多様) 不明瞭 (研究間で多様) 腰部機能障害 (SMD -0.35) は有意改善。痛み強度, QOL, 腰椎ROMは有意差なし。MFRは補助療法として有効な可能性。効果発現のタイミングや持続性に関する詳細分析なし。 方法論的質は中程度 (6-10点)。異質性あり (I²=0-46%)。
Gao et al. 2023 慢性機械的頸部痛 (MNP) 601 (13 RCTs) 徒手MFR (多様) 不明瞭 (研究間で多様) 僧帽筋PPT (SMD 0.41), 後頭下筋PPT (SMD 0.47) は有意改善。痛み強度, 頸部ROM, NDIは有意差なし。効果発現のタイミングや持続性に関する詳細分析なし。 全研究が中程度の質。エビデンスレベルは低い〜中程度。
Skinner et al. 2020 (多様, 主に健常者/活動的な成人) 痛み:328, ROM:398, パフォーマンス:241 (研究数不明瞭) MR (Foam Roller/Roller Massager) 急性効果 (単回介入) 痛み/圧痛: 8研究中7研究で短期軽減。ROM: 17研究中10研究で急性改善 (結果は不均一)。パフォーマンス: 有意な効果なし。最低90秒/筋群が痛み/圧痛軽減に有効な可能性。上限時間は不明。 プロトコルの異質性大。最適な「用量」不明。慢性効果/長期効果は対象外。
Ajimsha et al. 2023 アスリート (10 RCTs) IASTM, FRSMR (Foam Roller Self-Myofascial Release) 急性効果 (単回介入, 2017年以降) IASTM: ROM増, 膝力/トルク/角速度増, 垂直跳びパワー増。FRSMR: CMJ改善 (初期筋力増)。最低90秒/筋群の介入時間を推奨。 含まれた研究数が少ない。リスクオブバイアス分析あり。
Castro-Sánchez et al. 2024 (多様, 主に健常者/アスリート) (レビュー) SMR (Foam Roller/Massage Roller) 急性効果 (単回介入) ROM/柔軟性に急性陽性効果。最大筋力/パワーには影響せず。回復感向上、DOMS軽減。アジリティ/短距離走に陽性効果の可能性。 方法論の異質性大。作用機序不明確。最適な適用法に関するコンセンサスなし。

 

 

注: SMD = 標準化平均差 (Standardized Mean Difference), PPT = 圧痛閾値 (Pressure Pain Threshold), ROM = 関節可動域 (Range of Motion), NDI = 頸部機能障害指数 (Neck Disability Index), CMJ = カウンタームーブメントジャンプ (Counter Movement Jump), MCID = 臨床的に意味のある最小変化量 (Minimal Clinically Important Difference), IASTM = 器具補助軟部組織モビライゼーション (Instrument-Assisted Soft Tissue Mobilization), FRSMR = フォームローラー自己筋膜リリース (Foam Roller Self-Myofascial Release).

この表は、主要なレビューの結果をまとめたものですが、各レビューの詳細な内容や限界点を理解するためには、元の論文を参照することが推奨されます。特に、効果発現の時間経過に関する具体的なデータや分析は、多くのレビューにおいて限定的である点に注意が必要です。

6. 結論

6.1. 主要な知見の再確認

本レポートでは、筋膜リリース(MFR)の効果が発現するまでの時間に関する科学的根拠を体系的に検討しました。主要な知見は以下の通りです。

  • 即時的・短期的な効果(数分〜数日): 関節可動域(ROM)の改善、柔軟性の向上、運動後の筋肉痛(DOMS)の軽減については、比較的良好なエビデンスが存在します。これらの効果は、単回のMFRセッション(特にSMR)後、数分から数時間で現れ始め、1〜2日程度持続する可能性が示唆されています。SMRの場合、1筋群あたり90秒以上の介入が一つの目安とされています。
  • 中期的・長期的な効果(数週間〜数ヶ月): 慢性的な筋骨格系の痛み(特に慢性腰痛)に対する効果については、数週間以上にわたる継続的な介入によって、痛みや機能障害にある程度の改善が見られる可能性があります。しかし、そのエビデンスは一貫性を欠き、質も低いか中程度であり、限定的です。QOLや客観的な可動域への効果はさらに不明確であり、臨床的に意味のある改善に至らない可能性も指摘されています。効果の持続性についても明確なエビデンスは乏しいです。
  • 影響要因: 効果発現時間は、用いられるMFRの手技(徒手、器具、セルフケア)やパラメータ(圧力、持続時間、頻度、期間)、対象となる症状の性質(急性 vs. 慢性、原因)、患者個人の状態(組織の状態、併存疾患、心理社会的要因など)、そして他の治療法(特に運動療法)との組み合わせといった、多くの要因によって影響を受けます。

6.2. 臨床応用への示唆と今後の展望

これらの知見は、臨床現場におけるMFRの適用に際して、以下のような示唆を与えます。

  • エビデンスの限界の認識: 臨床家は、MFRを患者に推奨または実施する際に、期待される効果の時間的側面について、現在のエビデンスが持つ限界(研究の質の低さ、結果の異質性、最適な用量反応関係の不明確さなど)を十分に理解し、患者に過度な期待を抱かせないよう、現実的な情報提供を行う必要があります。
  • 急性期への応用: 急性期のROM制限や、スポーツや運動後の回復促進(DOMS軽減)を目的とする場合、SMR(例:90秒/筋群)は比較的短時間で効果を示す可能性があり、患者自身によるセルフケアとしても指導しやすいアプローチと言えます。
  • 慢性疼痛への応用: 慢性疼痛に対してMFRを適用する場合は、単独での効果は限定的である可能性を考慮する必要があります。MFRを、運動療法、認知行動療法、患者教育など、他のエビデンスに基づいた治療アプローチと組み合わせる「補助療法」 として位置づける、あるいは、痛みの根本原因(筋膜以外の構造的問題や中枢感作など)を評価し、それに対する治療と並行して行う という視点が重要です。  
  • 個別化の重要性: 効果発現時間は個人差が大きいため、画一的なプロトコルに固執せず、患者の状態や反応を見ながら、介入内容(手技、パラメータ、頻度、期間)を調整していく個別化アプローチが求められます。

今後の展望: 筋膜リリースの効果発現時間に関するより確かなエビデンスを構築するためには、質の高い研究が不可欠です。特に、以下の点が今後の重要な研究課題となります。

  1. 作用機序と時間経過の関連性を解明する基礎研究および臨床研究。
  2. 特定の症状に対する最適なMFRの「用量」(手技、パラメータの組み合わせ)を特定するための系統的な研究。
  3. 長期的な効果と持続性を評価するための、追跡期間の長い、方法論的に質の高いRCTの実施。
  4. 異なるMFR手技(例:徒手 vs. SMR、直接法 vs. 間接法)の効果やメカニズムを比較検討する研究。
  5. どのような患者群がMFRから最も利益を得られるのか(治療反応予測因子)を特定する研究。

これらの研究が進むことで、筋膜リリースの効果発現時間に関する理解が深まり、より効果的かつ効率的な臨床応用が可能になることが期待されます。

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