肩関節評価:押さえるべきROM測定と整形外科的テスト

「四十肩・五十肩(凍結肩)」「腱板損傷」「インピンジメント症候群」…臨床現場において、肩関節の痛みや機能障害を訴えるクライアントは後を絶ちません。肩関節複合体は人体で最も可動域が大きい反面、構造的に不安定であり、非常に多くの問題が発生しやすい部位です。

効果的なリハビリテーションやコンディショニングを提供するためには、その複雑な構造と機能を理解し、問題の根本原因を突き止めるための正確な評価が不可欠となります。特に若手の理学療法士(PT)、セラピスト、トレーナーにとって、体系的な評価スキルを習得することは、臨床能力を高める上で避けては通れない道です。

今回は、肩関節評価の基本となる関節可動域(Range of Motion: ROM)測定と、特定の病態を推測するために用いられる**整形外科的特殊テスト(Orthopedic Special Tests: OSTs)**の中から、若手専門家がまず押さえておくべき重要な項目について、日本IASTM筋膜リリース協会が専門的に解説します。

評価の土台:問診・視診・触診の重要性

ROM測定や特殊テストに入る前に、以下の基本的な評価要素が重要であることを忘れてはいけません。

  • 詳細な問診: 患者さんの主訴、痛みの部位・性質・出現状況、受傷機転、既往歴、日常生活・スポーツ活動などを詳しく聞き取ります。ここに問題解決のヒントが隠されていることが多々あります。
  • 視診: 立位・座位での姿勢、肩甲骨の位置(左右差、翼状肩甲など)、筋萎縮の有無などを観察します。
  • 触診: 骨性のランドマーク、筋、腱、関節包などの軟部組織を丁寧に触れ、圧痛、熱感、腫脹、筋緊張、組織の質感などを評価します。(触診スキルについては別記事も参照ください)

これらの情報を基盤として、ROM測定や特殊テストを P行うことで、より深い洞察が得られます。

必須スキル①:肩関節 関節可動域(ROM)測定

ROM測定は、関節の動きの量的側面を客観的に把握し、制限の原因を探るための基本です。

  • 測定の目的:
    • 可動域制限の有無とその程度を定量的に評価する。
    • 制限パターン(例:関節包性パターン)から病態を推測する。
    • 治療効果の判定や、目標設定の指標とする。
  • 主要な測定項目:
    • 屈曲 (Flexion): 挙上角度。
    • 伸展 (Extension): 後方への挙上角度。
    • 外転 (Abduction): 側方への挙上角度。
    • 内転 (Adduction): 水平内転(前方での交差)など。
    • 内旋 (Internal Rotation: IR): 上腕骨の長軸周りの内向き回旋。背中に手を回す動き(Th7レベルなど)や、肩関節90°外転位での内旋角度を測定。
    • 外旋 (External Rotation: ER): 上腕骨の長軸周りの外向き回旋。肘を体側に付けた状態(1stポジション)や、肩関節90°外転位(2ndポジション)での外旋角度を測定。
  • 測定のポイント:
    • Active ROM(自動運動)とPassive ROM(他動運動): まず自動運動で患者さん自身の動かせる範囲を確認し、次に他動運動で真の関節可動域と最終域感(End-feel)を評価します。
    • ゴニオメーターの使用: 角度計(ゴニオメーター)を用いて正確に測定します。基本軸、移動軸、軸心(Axis)を正しく当てることが重要です。
    • 最終域感(End-feel): 他動運動の最終域でどのような抵抗を感じるか(骨性、軟部組織性、靭帯性、筋性、空虚など)は、制限因子を特定する上で重要です。
    • 痛みの確認: どの範囲で、どのような種類の痛みが生じるかを記録します(例:Painful Arc Sign)。
    • 代償動作の抑制: 肩甲骨や体幹の代償運動が起きないように、適切に固定または指示しながら測定します。
    • 左右比較: 必ず健側と比較します。
  • 肩甲上腕リズムの観察: 肩関節の挙上(屈曲・外転)時には、上腕骨だけでなく肩甲骨も連動して動きます(肩甲上腕リズム)。単に角度を測るだけでなく、肩甲骨がスムーズに上方回旋・外転・後傾しているか、異常な動き(Dyskinesis)がないかも観察することが極めて重要です。

必須スキル②:代表的な整形外科的特殊テスト(OSTs)

特殊テストは、特定の組織(腱、関節唇、靭帯など)に意図的にストレスをかけ、痛みや不安定感などを誘発させることで、病態を推測する補助的な手段です。

  • 【重要】解釈上の注意点:
    • OSTsは万能ではありません。 感度(疾患がある人を見つける能力)や特異度(疾患がない人を正しく除外する能力)はテストによって様々であり、単独のテスト結果だけで診断を下すことは絶対にできません
    • 結果はあくまで仮説生成の一助であり、問診、視診、触診、ROM、筋力テストなど、他の評価所見と総合的に解釈する必要があります。
    • 複数の関連するテスト結果(クラスター)を組み合わせることで、診断の確度は上がると言われています。
    • 実施手技の正確さ、患者さんの反応の捉え方によって結果は変わり得ます。熟練が必要です。

以下に、若手PTがまず習得すべき代表的なテストをいくつか紹介します。(手技の詳細は成書等でご確認ください)

  1. インピンジメント(Impingement)を疑うテスト:

    • Neer Test: 肩峰下でのインピンジメントを誘発。他動的に肩を最大屈曲させる。肩峰下面での疼痛誘発で陽性。
    • Hawkins-Kennedy Test: 肩峰下や烏口肩峰靱帯下でのインピンジメントを誘発。肩90°屈曲位で肘を90°屈曲し、肩を他動的に内旋させる。肩前面の疼痛誘発で陽性。
  2. 腱板(Rotator Cuff)損傷・機能不全を疑うテスト:

    • [棘上筋] Empty Can Test / Jobe Test: 肩90°外転・水平屈曲30°・母指を下に向けて内旋位で、下方への抵抗に抗して挙上させる。疼痛や脱力で陽性。
    • [棘上筋] Drop Arm Test: 肩を90°外転位まで他動的に挙上し、ゆっくり下ろすように指示。保持できない、または途中で腕が落下する場合に陽性(断裂を示唆)。
    • [棘下筋/小円筋] External Rotation Lag Sign: 肘を体側に付けた状態、または肩90°外転・肘90°屈曲位で、最大外旋位まで他動的に誘導し、その肢位を保持するように指示。保持できずに内旋方向へ腕が戻る(Lag)場合に陽性。
    • [肩甲下筋] Lift-off Test / Gerber's Test: 手を背中に回し(腰部)、手掌を背中から離すように指示。離せない場合に陽性。
    • [肩甲下筋] Belly Press Test: 手掌を腹部に当て、手で腹部を押すように指示。その際に手首が屈曲したり、肘が後方に引けたりする場合に陽性。
  3. 上腕二頭筋長頭腱(Long Head of Biceps Tendon: LHB)を疑うテスト:

    • Speed's Test: 肘伸展・前腕回外位で肩を90°屈曲。検者は手首付近に抵抗をかけ、患者にさらに屈曲するように指示。結節間溝付近の疼痛誘発で陽性。

(注:不安定性や関節唇損傷を疑うテスト(Apprehension test, O'Brien test等)も多数存在しますが、手技の正確性やリスク管理の観点から、まずは上記のような基本的なテストの習得を優先し、経験を積む中で徐々にレパートリーを増やすことを推奨します。)

評価所見の統合と臨床推論

重要なのは、ROM測定と特殊テストの結果をバラバラに見るのではなく、統合して解釈することです。

  • 例:外転時のPainful Arcがあり、Neer Test、Hawkins Testが陽性であれば、インピンジメント症候群の可能性が高いと推測できます。さらにEmpty Can Testで陽性なら、棘上筋の関与が疑われます。
  • このように、得られた情報を組み合わせ、病態仮説を立て、それを基にアプローチ方針を決定していくプロセスが臨床推論です。

筋膜・IASTMとの関連性

肩関節の複雑な動きは、周囲の筋膜の適切な張力バランスと滑走性によって支えられています。

  • 例えば、後方関節包や棘下筋・小円筋周囲の筋膜が硬くなると、肩関節の内旋や水平内転が制限され、インピンジメントのリスクを高める可能性があります。
  • 小胸筋や前鋸筋周囲の筋膜の問題は、肩甲骨の動き(肩甲上腕リズム)を阻害し、二次的な肩の問題を引き起こすことがあります。

ROM測定や特殊テストで特定された機能障害の背景に、このような筋膜性の要因が疑われる場合、触診でさらに評価を深めます。そして、必要に応じて筋膜リリース(徒手またはIASTMなど)を行い、組織の柔軟性や滑走性を改善させることが、運動療法や動作修正の効果を高める上で重要となる場合があります。IASTMは、特に高密度化した結合組織や腱付着部などへのアプローチにおいて、有用な選択肢となり得ます。

まとめ:正確な評価が、効果的なアプローチの扉を開く

肩関節の評価は多岐にわたりますが、基本となるROM測定と代表的な特殊テストを正確に実施し、その結果を他の所見と合わせて正しく解釈する能力は、若手専門家にとって必須のスキルです。

しかし、これらのスキルは、本や記事を読むだけで完全に習得できるものではありません。 正確な測定方法、安全で効果的なテストの実施手技、微妙な患者さんの反応の読み取り方、そして得られた情報を統合して臨床推論に繋げる思考プロセスは、経験豊富な指導者からの直接指導と、繰り返しの実践によってはじめて身につきます。

【セミナーのご案内】

日本IASTM筋膜リリース協会では、肩関節の機能障害に対する理解を深め、評価からアプローチまでを体系的に学べるセミナー/ワークショップを定期的に開催しています。

  • より高度な触診スキル
  • 肩関節複合体の機能解剖とバイオメカニクス
  • 実践的な特殊テストの習得と解釈
  • 筋膜の視点を取り入れた評価とアプローチ戦略
  • IASTMの効果的な活用法(肩関節編)
  • 評価に基づいた運動療法のプログレッション

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