静的姿勢評価でクライアントの基本的なアライメントや潜在的なアンバランスを把握したら、次は「実際にどのように動くのか?」を探る動的アライメント評価が重要になります。数ある動作の中でも、「スクワット」は非常に多くの情報を提供してくれる、基本的かつ強力な評価ツールの一つです。
スクワットは、椅子から立ち上がる、物を持ち上げる、ジャンプの準備動作など、日常生活やスポーツにおける多くの動作の基礎となるパターンです。このシンプルな動作の中に、下肢・体幹の**可動性、安定性、協調性、そしてモーターコントロール(運動制御)**の状態が集約されています。
今回は、若手の理学療法士、セラピスト、トレーナーの皆さんが、スクワット動作を通してクライアントの動的なアライメントを評価し、潜在的な機能不全や代償パターンを読み解くための基本的な観察ポイントを、日本IASTM筋膜リリース協会が専門的に解説します。
なぜ「スクワット」で評価するのか?
- 機能的関連性: 日常生活動作や多くのスポーツ動作の基礎となるため、臨床的・実践的な意義が高い。
- 全身運動: 足関節、膝関節、股関節、骨盤、脊柱、肩甲帯まで、多くの関節と筋肉が関与する全身運動であり、協調性が求められる。
- 可動性のスクリーニング: 足関節背屈、股関節屈曲・回旋、胸椎伸展などの可動域制限が顕在化しやすい。
- 安定性のスクリーニング: 体幹、股関節周囲、足部の安定化能力が試される。
- 代償パターンの顕在化: 可動域制限や不安定性を補うための代償動作が観察されやすい。
評価の準備と指示
- 環境・服装: 全身の動きが観察しやすい服装で、正面・後面・側面から全身が見えるスペースを確保します。ビデオ撮影が非常に有効です。
- 開始肢位: 足幅は肩幅程度(または本人が自然と感じる幅)とし、つま先はやや外向きまたは正面に向けます(開始肢位は記録しておきましょう)。腕は前に伸ばすか、胸の前で組むなど、指示を統一します。
- 指示: 「かかとを床につけたまま、椅子に座るように、できるだけ深くしゃがんでください。その後、ゆっくりと開始姿勢に戻ります。」これを数回繰り返してもらいます。まずは自重で行います。
- 観察視点: 前方、後方、側方(左右)から観察します。
スクワット動作で見るべき基本ポイント(部位別)
体系的に観察するために、以下の部位ごとにチェックポイントを確認していきましょう。
1. 足部・足関節(Feet/Ankles)
- 観察点: 踵の浮き上がり、アーチの潰れ(過回内/オーバープロネーション)、過度な足部の外反/内反、左右差。
- 適切な動き: 踵は床についたまま。足裏全体(特に母趾球・小趾球・踵の3点)で床を捉え、アーチは過度に潰れない。
- 逸脱パターンと解釈:
- 早期の踵離地: 足関節背屈可動域制限(下腿三頭筋の短縮、距骨後方の組織制限など)が第一に疑われます。代償的に前足部重心になりやすい。
- 過回内(アーチ低下): 後脛骨筋などの足部内因性・外因性筋の機能低下、距骨下関節の過可動性、中足部の不安定性など。膝の外反(Knee-in)と連動しやすい。
- 過回外(ハイアーチ傾向): 足部が硬く、衝撃吸収が不十分な可能性。
2. 膝関節(Knees)
- 観察点: 膝の軌道(正面・後面から見て)。膝が足先に対してどの程度前に出るか(側面から見て)。左右差。
- 適切な動き: 膝は概ね第2-3趾の方向(つま先の向き)を向いて曲がっていく。過度に内側・外側へぶれない。
- 逸脱パターンと解釈:
- Knee-in(膝外反): 膝が内側に入る動き。股関節外転筋(特に中殿筋)・外旋筋の弱化/機能不全、足部の過回内、股関節内転筋群の短縮などが複合的に関与していることが多い。ACL損傷リスクとも関連。
- Knee-out(膝内反): 股関節外旋筋群の過緊張、足部の代償などが考えられる。O脚傾向と関連することも。
- 膝の前方への過剰な移動: 足関節背屈制限がある場合に、代償として生じやすい。股関節の屈曲が不十分な(ヒンジが使えない)場合にも見られる。
3. 股関節・骨盤(Hips/Pelvis)
- 観察点: 左右への体重移動(骨盤の側方シフト)、骨盤の前傾・後傾の変化、しゃがみ込みの深さ、股関節前面の詰まり感の有無(主観も確認)。
- 適切な動き: 左右均等に体重がかかり、骨盤は過度に傾かず安定している。スムーズに股関節が屈曲し、深くしゃがみ込める。
- 逸脱パターンと解釈:
- 左右への体重シフト: 左右の股関節可動域差、筋力差、安定性の差、痛みからの逃避などが考えられる。
- 過度な骨盤前傾維持: 股関節屈筋の短縮、体幹前面のコントロール不足。腰椎へのストレス増大。
- Butt Wink(深い位置での骨盤後傾・腰椎屈曲): 股関節屈曲可動域制限(特に臼蓋形成不全など構造的要因も考慮)、ハムストリングスの柔軟性低下(相対的なもの)、深層での体幹安定性不足などが考えられる。腰椎への負担増。
- しゃがみ込みの浅さ: 股関節屈曲・内外旋可動域制限、足関節背屈制限、体幹前面の硬さなどが考えられる。
4. 体幹・腰椎(Trunk/Lumbar Spine)
- 観察点: 体幹の前傾角度、腰椎のフラット化(屈曲)または過度な伸展(前弯維持)、体幹の側屈や回旋。
- 適切な動き: 体幹は股関節の動きに合わせて自然に前傾するが、背中は過度に丸まったり反ったりせず、比較的ニュートラルに近い状態を保つ。
- 逸脱パターンと解釈:
- 過度な体幹前傾: 股関節や足関節の可動域制限を補うため、体幹・股関節の筋力不足などが考えられる。
- 腰椎の屈曲(丸まり): Butt Winkと連動。体幹深層筋の安定性低下、股関節可動域制限など。椎間板等へのストレス増大。
- 腰椎の過伸展維持: 腹筋群のコントロール不足、股関節屈曲制限の代償など。
- 体幹の側屈・回旋: 左右の可動域差、筋力差、安定性の非対称性など。
5. 胸椎・肩甲帯・頭頸部(Thoracic Spine/Shoulders/Head)
- 観察点: 胸椎の過度な後弯(丸まり)、肩の前方突出・挙上、頭部の前方突出・顎上がり。
- 適切な動き: 胸椎は自然な伸展を保ち、肩や頭部の位置も安定している。
- 逸脱パターンと解釈:
- 過度な胸椎後弯: 胸椎伸展可動域制限、肩甲帯周囲の筋アンバランス(例:小胸筋短縮、僧帽筋中下部弱化)、体幹の安定性不足。呼吸への影響も。
- 肩の前方突出・挙上: 胸椎伸展不足の代償、肩甲帯安定性不足、僧帽筋上部などの過緊張。
- 頭部の前方突出・顎上がり: 胸椎・肩甲帯のアライメント不良に伴う代償、視線を前に保つため。
応用編:片脚スクワット(Single-Leg Squat, SLS)での追加観察ポイント
両脚でのスクワット評価に加え、片脚スクワット(SLS)を行うことで、より不安定な状況下での安定性、コントロール能力、そして左右差を明確に評価することができます。特に以下の点に注目しましょう。
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評価の準備と指示:
- 開始肢位: 片脚で安定して立ちます。遊脚(浮かせている脚)は、軽く膝を曲げて後方に保持するか、前方に伸ばすなど、目的に応じて指示しますが、左右で条件を揃えます。腕の位置も同様に指示・統一します。
- 指示: 「支持している脚で、ゆっくりと、コントロールしながらしゃがめるところまでしゃがんでください。バランスを崩さないように注意し、その後ゆっくりと開始姿勢に戻ります。」これを左右それぞれ数回繰り返してもらいます。
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SLSで特に注目すべき観察ポイント:
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骨盤の安定性(前額面):
- 観察点: 支持脚側の骨盤(腸骨稜)に対して、遊脚側の骨盤が下制(下に落ちる)しないか(Contralateral Pelvic Drop / Trendelenburg Sign)。
- 適切な動き: 骨盤はほぼ水平を保つか、ごくわずかな下制に留まる。
- 逸脱パターンと解釈: 遊脚側の骨盤が明らかに下がる場合、支持脚側の股関節外転筋群(特に中殿筋)の筋力低下または機能不全を強く示唆します。これは腰痛や膝痛(Knee-in)の大きな要因となり得ます。体幹の側屈で代償することもあります。
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膝のアライメント(前額面):
- 観察点: 支持脚の膝が、足部に対して過度に内側に入る(Dynamic Knee Valgus / Knee-in)または外側へ逃げる(Knee-out)しないか。
- 適切な動き: 膝は概ね足部の第2-3趾の方向を向いて曲がっていく。
- 逸脱パターンと解釈: Knee-inはSLSでより顕著に現れることが多いです。両脚スクワットと同様に股関節外転筋/外旋筋の弱化、足部の過回内などが原因として考えられますが、片脚になることで要求される安定性が高まるため、問題が露呈しやすくなります。
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体幹の安定性:
- 観察点: 体幹が支持脚側または遊脚側へ過度に側屈しないか? 過度に回旋しないか? 前後の動揺はどうか?
- 適切な動き: 体幹は比較的鉛直位を保ち、大きな動揺なく安定している。
- 逸脱パターンと解釈: 体幹の側屈や回旋は、股関節周囲の筋機能低下や可動域制限を体幹で代償している可能性があります。また、コア(体幹深層筋)の安定化能力そのものの不足を示唆します。バランスを保つための戦略として現れることもあります。
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股関節と膝の協調性(矢状面):
- 観察点: スムーズに股関節と膝関節が協調して屈曲しているか。股関節屈曲(ヒップヒンジ)が十分に行われず、膝だけが過剰に前方に移動していないか(Knee Dominant)。
- 適切な動き: 股関節と膝関節がバランスよく屈曲し、深くしゃがみ込める。
- 逸脱パターンと解釈: Knee Dominantなパターンは、殿筋群の活動不全、足関節背屈制限の代償、あるいは単純な動作戦略の問題などが考えられます。膝への負担が増加する可能性があります。
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足部・足関節の安定性:
- 観察点: 支持脚の足部アーチが過剰に潰れる(回内)、または過度に外側に体重がかかる(回外)。足趾が過剰に屈曲(把持)していないか。
- 適切な動き: 足裏全体で床を捉え、アーチは動的に安定性を保つ。
- 逸脱パターンと解釈: 足部の不安定性は、下肢全体のアライメントに大きく影響します。足部内在筋・外在筋の機能低下、固有受容感覚の問題などが考えられます。バランスの悪さが足元から生じている可能性を示唆します。
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全体的なバランスとコントロール:
- 観察点: 動作全体がスムーズか、ぎこちないか。過剰なふらつき、バランスを崩して足をついてしまう、などの有無。降りる動作と上がる動作でのコントロールの違い。
- 適切な動き: スムーズでコントロールされた下降・上昇。
- 逸脱パターンと解釈: バランス能力や協調性、筋力、可動域など、様々な要素の複合的な問題を示唆します。
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全体的な解釈と注意点
- 連動性(Kinetic Chain): 各部位の逸脱は独立しているのではなく、運動連鎖として繋がっています。SLSでは特に、足部から体幹までの安定性の連鎖が重要になります。
- 仮説生成: 観察された逸脱パターンから、「どの部位の可動性/安定性/モーターコントロールに問題がありそうか?」という仮説を立てます。SLSでの所見は、特に片側性の問題や、より高い負荷・不安定性に対する能力不足を明らかにするのに役立ちます。
- 他の評価との統合: スクワット評価(両脚・片脚)は万能ではありません。立てた仮説を検証するために、関節可動域テスト、筋力テスト、特殊テスト、触診などを組み合わせて実施します。
筋膜との関連性とアプローチへの繋がり
スクワット(両脚・片脚)で観察される可動域制限や代償パターンには、筋膜の硬さや滑走不全が関与しているケースが多くあります。 (中略) 評価によってこれらの関連性が疑われる場合、筋膜リリース(徒手またはIASTMなど)によって組織の伸張性や滑走性を改善することが、根本的な動作改善の第一歩となることがあります。その後、改善された可動域を維持・活用するためのスタビリティエクササイズやモーターコントロールの再学習へと繋げていくことが重要です。
まとめ:スクワットから動きの本質を見抜く
スクワット動作(両脚および片脚)の評価は、クライアントの身体が持つ潜在的な問題を明らかにし、効果的なアプローチ戦略を立てるための貴重な情報源です。今回紹介した観察ポイントを参考に、体系的かつ注意深く観察するスキルを磨いてください。
単にフォームの良し悪しを判断するだけでなく、「なぜそのような動きになるのか?」という背景を探る視点を持つことで、若手の専門家としてさらに成長できるはずです。
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